1不登校
子どもが学校に行かなくなったら
子どもが学校にいかくなくなることは、本人にとっても、周囲にとっても衝撃的な出来事である。ことに、これまで順調に過ごしてきた子の場合ほど、本人も周囲も、学校にいけないという事実から受ける驚きと困惑、嘆きと苛立ちは計り知れないほど大きい。親や保護者は、どうしていけないのだとその疑問ばかりを追求し、何とかして行かそうとすることに必死になり、わが子の一挙手一投足にはらはらし、行けたか行けなかったかということに一喜一憂することになる。親はとにかく学校に行ってくれたら一安心し、数日休みが続くと、このままいけなくなるのではないかと、焦りと苛立ちを感じる。ときには、自分の不安や苛立ちを子どもにぶつけてしまうこともある。だが、忘れてはならないのは、誰よりも本人が学校に行けないという事態に戸惑い、傷ついているということである。
最近は、不登校の問題やひきこもりの問題が広く知られ、理解が進んでいる一方で、逆に不登校に非常に過敏になっている傾向も感じられる。少しでも休むと「不登校」が始まったのかと、やきもきしてしまう親御さんは少なくないのである。
不登校が始まったとき、まず重要なことは過剰に反応しないことである。チックや吃音などと同じく、それを過度に問題にし、意識させることはしばしば逆効果になり、自然な回復の機会を奪ってしまう。休みがちになっても、また登校を始めることは、中学までの不登校では少なくない。最初の段階で、周囲が大騒ぎしてしまうと、子どもはプレッシャーを感じ、かえって行きづらくしてしまうのである。
学校を休む場合にも、いろいろな意味合いがある。体調が悪いことから、疲れが溜まっていて気力が落ちてきている場合、学校で厭なことがあって、それを引きずっている場合、あるいは、家庭内の問題が、本人の不安を高め、やる気の低下を招いている場合もある。だが、多くの場合は一日から数日休養すれば、また元気が回復していけるようになるのである。したがって、最初の段階で過剰に反応せず、のんびりさせるということも大事である。
だが、もっと深刻な問題を抱えていたり、ぎりぎりまで頑張っていた子の場合、休み出すとそのまま行けなくなってしまうこともある。また、休んだり行ったりしているうちに、段々休み癖がついて、行かなくなってしまうこともある。
まず、初期対応で大切なことは、学校を休む場合、叱らずに話を聞くことである。どいうことで本人が困っているかを、できるだけ言葉に出して話すだけで、気持ちが変わることはよくある。問題が複雑な場合、訊ねてもすぐには言えなかったり、うまく言葉にならないこともあるが、そういうときは急かさずに、本人が話せるところまでを受け留める。
それと同時に大切なのは、不登校自体だけでなく、その背景にある問題にも目を注ぐことである。年齢が低い子の不登校ほど、学校だけでなく、親や家庭の問題が背景にからんでいることが少なくない。子どもの安心感を脅かし、余分やプレッシャーや不安を与えている状況が多い。
本人の状況をおおよそ把握した上で、状態や事情に応じて、とりあえず休ませる対応が必要か、多少無理をしてでも行きなさいと迫る対応が必要かを判断することになる。
疲れもとれているはずなのに、動き出そうとしない場合や、目の前のつらさから逃げたいという思いにばかりとらわれているときは、逃げていても余計つらくなるだけであり、勇気を出して乗り越えるしかないのだということを話し、説得を試みることも必要になる。そうした対応は、すぐに解決に向かわなくても、その後の変化につながる。その場合、親自身からよりも、中立的な第三者のアドバイスが有効であるということが少なくない。
野口英世の母はこう対処した
細菌学研究の分野に多大な足跡を残した野口英世も、学校時代に不登校になったことがあった。その原因は火傷で変形した左手であった。あまりにも有名なエピソードだが、彼は数え年三歳のとき、いろりで火傷をした痕が癒着を起こし、手全体が肉の塊のようになってしまったのである。当時清作と呼ばれていた彼は、周囲の者から「てんぼう」とからかわれ、いじめを受けた。そのため、清作は無口で内気な性格に育った。学校に行けなくなったのは、小学校三年のことである。清作は登校するふりをしては、学校をなまけてドジョウをとったりして時間を潰した。だが、幼心にも、学校をずるけているという罪悪感があったのか、母親の手伝いを普段より買って出たりした。母親のシカは、清作を学校にやるために、男のする重労働をして、朝から晩まで働いていた。けれども、シカは息子の些細な変化を見逃さなかった。気になって、息子の学校での様子を聞いてみると、清作が学校を休んでいることがわかる。息子のために、身を粉にして働いていることを考えれば、シカの心中はいかばかりであったろうか。
しかし、このときシカのとった対応は、実に賢明なものであった。このときの母親の対応が、まさにピンチをチャンスに変えたのである。その場面を、北篤氏の「正伝 野口英世」から引用したいと思う。シカは息子を呼ぶと、
「まず手伝いやどじょうとりなど、お母をたすけようとする優しい気持ちを賞めた。だけどお母にはかえってそれが辛く、何のために働いているか、子供達の勉強を楽しみにと言った。また清作が学校仲間からいじめられるのを、お母の不注意で相すまない、と涙を流すのであった。だけどなあ清作、だからこそ負けないために、学問で身をたてるしかねえ。家のことなんぞ心配しねえで、一所けん命勉強してもらいたい」
そればかりを夜昼思って祈り続けてきたのだと、息子に訴えたのだ。清作は、この母の言葉に、苦しさを受け留められ、同時に気持ちを奮い立たせられる。彼は泣きながら、もう逃げないことを誓う。
この母親の対応には、不登校に向かい合うときに必要なエッセンスが含まれている。責めるのではなく、苦しさに深く共感し、受け留めること。むしろ、自分の方を責める姿勢は、日頃の苦労を知っているだけにも、胸に堪えるはずである。その上で、感傷に負けることなく、乗り越えるしかないのだと現実を突きつけている。
本人の気持ちを受け留めることと共に、本人を諭し、乗り越える勇気を与えることも重要なのである。それが説得力を持つためには、日頃から子どもに楽しみを与えるだけでなく、腹をわった話ができる関係を築いておくことが必要だろう。
背景にある多様な原因と共通項
しかし、こうした対応ではどうにもならない場合もある。一週間以上休んでいるのに、学校にどうしても行けないという場合、見落としている原因がないか、もう一度見直してみる必要がある。ときには、精神疾患が発症し始めていて、そのために学校に出にくくなっているということもあるからだ。
不登校の背景にある可能性のある精神疾患や原因となる問題として、よくみられるものとしては、次のようなものが挙げられる。大部分は、これまで本書で扱ったものであり、不登校のケースも多く取り上げているので、各項を参照してほしい。
A 不登校の原因となる主な精神疾患
@不安障害群 分離不安障害(親と離れることに強い不安を感じる)、社会不安障害(集団の中に入ることに恐怖を感じる)、強迫性障害(強迫行為、強迫観念にとらわれる)、身体醜形障害(自分の体、顔が醜いと思い込む)などがあり、原因の約三分の一を占める。
A適応障害群 転校やクラス替えなどの環境の変化になじめず、不安や抑うつを示すもので、不安障害群と同じくらい多い原因である。
B身体化障害群 頭痛、腹痛など体の症状を訴えるものである。
C気分障害群 気分障害によるうつ状態で、とくに明白な原因なく始まり、症状も適応障害より重い。
D高機能広汎性発達障害 相互的なコミュニケーションの障害のため、孤立したり、いじめを受けやすい。
Eパーソナリティ障害 境界性パーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害、失調型パーソナリティ障害など。
Fコミュニケーションの障害 選択性緘黙、吃音症など。
G反抗・非行群 反抗挑戦性障害や行為障害、物質乱用、薬物中毒など。
H統合失調症 幻聴や被害関係妄想があり、奇妙な言動が目立つため、周囲から孤立しがちで、自ら対人関係を避けるようになることも多い。そのため、不登校という形で表れることがある。
I睡眠障害 概日リズム睡眠障害(睡眠覚醒リズム障害)など。夜型で朝が起きれず遅刻しているうちに、休みがちになるということは、意外に多い。
項朝が起きられない 概日リズム睡眠障害
学校や仕事にいけない、さらには、引きこもりになってしまうケースに、時折ひそんでいるのが、この概日リズム睡眠障害(睡眠覚醒リズム障害)である。この障害があると、朝がどうしても起きられない。起きて何とか出て行っても、午前中はぐったりしている。ただ怠けていると見られることが多い。
人は昼間活動し、夜眠る。こうしたリズムを司っているのが体内時計である。睡眠と覚醒のリズムは、脳の底部にある松かさのような形をした、松果体という小さな器官から分泌されるメラトニンというホルモンの働きによる。ただし、松果体は脳の奥の方にあるため、光を直接感知することができない。そこで、視神経の束が交差する部位の近くにある視交差上核が、光をモニターして、松果体に指令を出す仕組みになっている。
メラトニンは夜間の暗闇で活発に分泌され、睡眠を促し、昼間明るいところでは、分泌が抑えられる。メラトニンには、生殖腺の成長を抑制する作用もある。
したがって、夜も明るい光を浴び続けると、体内時計が狂うばかりか、性的な早熟がおこりやすくなる。概日リズム睡眠障害は、体内時計のリズムの乱れにより、生活に支障を生じた状態だといえる。現代のように、夜も明るい照明に照らされるばかりか、テレビやビデオ、パソコン、ゲームなどの画面から光を浴び続けることの多い生活は、体内時計を狂わせやすいのである。
【対応と治療のポイント】
深夜遅くまで、テレビやパソコンの画面を見ることは避けたい。暗くしたところで眠り、また昼間はできるだけ室内を明るくして、また屋外の光を午前中に浴びるようにすると、体内時計を修正するのに効果がある。テレビゲーム依存やインターネット依存と悪循環を形成していることも多く、深夜のゲームやネット使用を控えない限り、改善が難しい。
治療としては、生活の改善とともに、ビタミンB12の比較的大量投与が有効である。また、午前中に二時間ほど五千ルックスくらいの光を浴びる光パルス療法も行われている。
B 不登校を引き起こす問題
@家庭の問題 虐待やネグレクト、極度の放任、親の家出や病気など。食事も与えられず、家事をやらされたり親の相手をさせられている場合もある。低学年の子どもの不登校では、重要な要因である。
A対人関係のトラブル、いじめ 子どもの表情が急に暗くなったり、お弁当を残すようになったり、制服が汚れていたり、お金をもちだしたりということがある場合は要注意である。学校と連携をとった早期の対応が必要である。
Bゲーム、ネット依存 長時間かつ深夜までのゲーム、インターネットは、睡眠や生活のリズムを狂わせる、非常に頻度の高い原因である。依存が強くなると、翌朝起きられなくなるだけでなく、それ以外のことには関心がなくなり、無気力となる。
C学業不振や学習意欲の低下 勉強がわからないことや教師にそのことで強い叱責を受けること、授業中にうまく答えられず恥ずかしい思いをしたことなどは、さらなる学習意欲の低下を招き、不登校の背景的要因となる。
D不良交友 悪い友達との遊びに熱中し始めると、学校を怠けることは必発である。
E合わない環境 ときには、学校の雰囲気や教育方針が、本人と合わないということも起こる。そうした場合、トットちゃんの母親がとった行動のように、無理にそこにこだわりすぎないことが、新しい可能性を切り開くこともある。
不登校と一口に言っては、ざっとこれくらいの問題が背景にある可能性があり、まずそれを見極めることが必要である。問題が複数重なっていることも少なくない。
ただし、原因の多様さの一方で、不登校の背景には多くのケースで共通する問題がある。それは、本人が居場所のなさを感じているということと、本人を支えるはずの家庭や親に問題が生じているということである。小さい学年のケースほど、本人自身よりも家庭の問題を反映していることが多い。不登校自体を何とかしようと大騒ぎすることは、しばしば的はずれで、家庭の問題を解決し、本人が安心できる環境を整えることが、まず必要なケースも多い。年齢が上がるにつれて、本人自身の問題や疾患が重要になってくる。
2.家庭内暴力
依存と攻撃の病
家庭内暴力は、今や配偶者間暴力と言い換えられるほど、大人の問題としてクローズアップされている。だが、十代から二十代の青年の家庭内暴力も依然大きな問題である。青年期の家庭内暴力は、ひきこもりに伴って出現しやすいことが大きな特徴である。
家庭内暴力では、過保護・過干渉のケースが圧倒的に多いが、あるときまで放任で、手がかけられずにいて、ある時期から急に関わりを強めるような場合にも、出現しやすい。
家庭内暴力の子どもの特徴は、暴力を振るう相手に強く依存しているということである。そのことを、自ら自覚している場合もある。暴力を振るう一方で、暴力の対象である母親がいないと何一つできないことを、本人もわかっているのである。親は自分の願望を満たし面倒をみることが務めであり、それを少しでも怠ることはけしからんという理屈を振り回すことも多い。あるいは、自分がこんなふうになったのは親のせいだから、親が最後まで責任をとれと思っていることもある。
前者の考え方では、親は本人の手足か一部のようなものと捉えられている。後者の見地では、自分は主体性を奪われた被害者だとみなし、その立場に、今度は居直ろうとしている。この二つの心理的メカニズムが、家庭内暴力を際限ない悪循環へ駆り立てていくのであるが、そのどちらも、親がこれまでの関わりの中で、本人にそう教えてしまったものなのである。
タイプごとの特性
家庭内暴力には、子どもの抱える問題や特性の違いによりサブタイプがあり、それによって対処の方針にも多少違いが出てくる。実際によく出会うものを、実践的な観点から分類したのが、下の四つのタイプである。
@優等生挫折型 小学高学年から中学生頃までは、親の言うとおりにするよい子で、成績も良く、習い事やスポーツを頑張っていることも多い。努力家で、プライドが高く、完璧主義の傾向や、周囲の評価に敏感な傾向がある。外では他人に対して、大人しいよい子として振る舞う。成績の下降や進路の挫折を機に、急激にひきこもりや生活の乱れが生じ、干渉しようとすると暴力を誘発するようになる。
A溺愛・愛情不足型 幼い頃に親と離別したり別居して、祖父母などに育てられ、一方で愛情剥奪を、他方で溺愛を受けて育っている子に典型的にみられるもので、他者との基本的な信頼関係や自他の境界が曖昧なところがあり、依存できる対象に次第に過大な要求をし、満たされないと暴力を振るうようになる。境界性パーソナリティ障害や妄想性パーソナリティ障害、薬物乱用を伴うケースが少なくない。
B発達障害型 高機能の広汎性発達障害や注意欠陥/多動性障害などの発達障害があり、思い通りにならない状況で、パニックになったり爆発して、暴力にいたる。
C精神病型 統合失調症、妄想性障害などの重大な精神疾患がある場合で、被害妄想から母親らに対して危険な暴力に及ぶことがある。
概ね、この四つのタイプよりなり、それらの要素が混じっていることも少なくない。それぞれ背景にある障害に対する手当も必要になる。各項を参考にして頂きたい。
予防と脱却のために必要なこと
こうした事態を防ぎ、またそこから脱却するためには、どうする必要があるのか。
まず第一は、親や保護者が本人の意のままに動いてくれる手足のような存在だと思わせたまま、子どもを育ててしまってはダメだということである。自分のことは自分でさせるという自立の原則を、早い段階か教え込んでいかねばならない。それは、五、六歳の段階から徐々に始めていくべきことである。
ただ、こうした構造が出来上がってしまうのは、ただ溺愛し、甘やかした場合ばかりではない。非常に厳しく躾をおこない、指導した場合にも起こりうる。それは、本人の主体性からではなく、親の期待や理想を優先し、親が口出しや、手を出しすぎた場合である。コーチのように、あるいは家庭教師のように付きっきりで指導したような場合が典型的だと言える。その場合、子どもはいつの間にか親の判断のままに動かされることになる。いつも親の顔色を見て、それで行動する。そうした状況が続くと、自分の意志と判断で行動する力が損なわれてしまうことも多い。自分は本当に何をしたいのかもわからなくなってしまう。これも、親の支配による依存関係なのである。
依存関係ができてしまうと、うまくいかないことは、心のどこかで全部首謀者である親のせいになってくる。人生はうまくいくことばかりではない。ことに青年期には挫折がつきものだ。そんなとき、その失敗が自分ではなく親のせいでこうなったとされてしまうのである。そして、親は責任をとれという気持ちを抱く。その結果が、暴力という形にも表れると同時に、本人は何ら主体的な努力を止めてしまう。
こうならないためには、親の期待や理想はほどほどにして、本人の気持ちや主体性を常に大切にする姿勢をもつことが大事である。
では、一旦、そういう依存関係ができてしまっている場合は、どうすればいいのだろうか。途中から、それを修正していくことは、最初から気をつけるよりも、さらに努力がいることである。生きるか死ぬかというような思いをしなければ、まず変わらないことを肝に銘じるべきだろう。なぜなら、依存関係をいまさら解消しようとしても、子どもも必死にしがみついてくるからである。だが、それをしない限り、根本的な状況は変わらない。本当の成長を生み出すためにも、手足となって動くことを止める勇気をもつことである。
当然、怒り出すかもしれないが、それで言いなりになっていては、おなじことの繰り返しになってしまう。そうわかっていても、多くの親は、とことんひどい状況になり、個人的な問題のレベルを超えるまで、やり方を修正する勇気がもてない。子どもが怖いのである。それは、暴力が怖いというだけでなく、子どもに嫌われ、子どもに見捨てられることが怖いという気持ちが根底にある。
親自身が経済的に破綻し、あるいは病気になり、ときには亡くなってしまうまで、延々と依存関係を続けてしまうことも少なくない。実際、甘やかしてしまう親自体が、本人の自立の最大の阻害要因になっている場合もある。親が病気などのために、どうすることもできなくなって、本人が変わりだすということもある。
家庭内暴力を伴うひきこもりのケースでは、重症のものほど、背景に統合失調症のような精神疾患を抱えているケースが少なくない。こうしたケースでは、治療を行うと、家庭内暴力もひきこもりも、劇的に改善することが多い。ある意味で、もっとも治療効果が期待できるのである。ただ、問題は本人が受診を拒否するため、治療の軌道に乗せるきっかけがつかみにくいということである。自分を傷つけたり、人を傷つけるようなことをした場合には、そのままにせずに、勇気を出して入院させることである。ピンチはチャンスとなりうる。しかし、過保護なケースでは、本人が嫌がると気持ちで負けてしまい、ずるずるといってしまいがちだ。そうなると、どんどん時間をロスし、回復も悪くなってしまう。
ひきこもりと家庭内暴力に苦しんでいる一家が、笑顔を取り戻すためにも、現実に向かい合う勇気が必要である。
現実の中で願望を充足させることができなくなったとき、自分が支配できる世界に引きこもり、過度に潔癖で、細部に拘泥した生活を送り、自分の決めた秩序に従うことを、親や家族にも要求し、それが少しでも守られないと、大暴れし、罵詈雑言や暴力を繰り返すパターンがしばしばみられる。こうしたケースでみられる秩序への欲求は、現実の中で完璧に振舞うことができないことの補いをつけるために行われるもので、理想とのギッャプが大きいほど、過酷で徹底したものとなる。それは、親がその子に対してしてきたことの再現でもあるのだ。
そうした状況は、第三者が介入するまで、延々と続くことが多い。そうした不毛な行動においても、このタイプの人は、頑張り続けてしまうのである。
3.ひきこもり
A.ひきこもりの原因となる主な精神疾患
どの精神疾患も、ひきこもりを引き起こす原因となりうるが、比較的頻度の高いものとして次のようなものが挙げられる。
@社会不安障害
Aパニック障害、全般性不安障害
B強迫性障害
C適応障害
D身体化障害
E身体醜形障害、妄想性障害身体型
F離人症性障害
G気分障害
HPTSD
I広汎性発達障害
Jパーソナリティ障害(境界性パーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害、失調型パーソナリティ障害など)
K薬物乱用と後遺症
L統合失調症
精神疾患によってひきこもりが起きている場合は、その手当が劇的な改善をもたらす場合もある。疾患や障害によっては、根気のよい治療や克服の取り組みを要する場合もあるが、きちんとした原因の解明に基づいて、方針を立て、手当を行っていくことが、無用な葛藤や消耗を減らし、有効に時間とエネルギーを用いることにつながる。各項をよく参照してほしい。
B ひきこもりを引き起こす心理社会的要因
@本人の不安を高める家庭環境 離婚や離別、身近な人の病気や不在などで、安心感が脅かされている状況が多い。また、無気力で、自己否定的な親の姿が悪影響を及ぼしている場合もある。
A否定的な対人観 過去のいじめ体験などが関係していることが多い。
B挫折体験と自信喪失 失敗への恐れと傷つきを避ける気持ちが、社会へ出るのを困難にする。
C就職の失敗 面接で断られ続けたり、就職先でうまくいかなかった体験が尾を引いていることが多い。
D自由願望と就職モラトリアム 就職や社会人になることへの拒否、自由業への憧れ、働かないで生活したいという願望など、社会に組み込まれることから自由でいたいという思い。
傷つきを恐れる 回避する若者たち
ひきこもりの若者に共通する特徴の一つは、傷つくことを非常に恐れているということだ。失敗すること、恥をかくこと、理想通りにいかないことに対する許容がとても小さい。失敗したり、失望するくらいなら最初からやりたくないという気持ちが強く、冒険をしたり、自分を試したりすることに、極めて臆病なのである。こうした失敗への極度の恐れと、現実的な試みを避けることを特徴とするものとして「回避性パーソナリティ障害」がある。ひきこもりのケースには、回避性パーソナリティ障害の傾向が認められる大きな一群が存在する。
回避性パーソナリティ障害では、傷つきや失敗を避けるため、恋愛や性的関係、結婚、子どもをもつこと、就職も回避しようとしがちである。逃れられない責任が生じる事態を恐れるのである。
高すぎる理想とプライド
ひきこもりを生じるもう一つの重要な要因は、理想やプライドが現実的でないほどに高いことである。一方で自信のなさを抱えつつ、もう一方では、平凡では満足できないという思いをもっている。そのため、余計ままならない現実が面白くなく、プライドが許さないと感じてしまうのである。こうした傾向がもっとも顕著なものは、「自己愛性パーソナリティ障害」である。境界性パーソナリティ障害でも、自信のなさとともに、誇大な自己愛が同居していることが多く、それが現実で受け留められず、傷つけられると、社会に出て行くことに強い躊躇いをおぼえるようになる。これらのパーソナリティ障害については、拙著『パーソナリティ障害』に詳しい。
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