▼気分の波 うつと気分障害

抑うつ性障害と双極性障害

うつ病や自殺の増加は、近年、社会問題になるほど著しい。また、子どもにもうつ病や双極性障害(躁うつ病)が存在することが明らかになり、子どもの自殺の原因としても見逃すことのできない問題となっている。

一般に、「うつ」と呼ばれるものには、大きく分けて、適応障害、抑うつ性障害(うつ病)、双極性障害(躁うつ病)に伴ううつ状態がある。

適応障害とは、すでに見たように、環境変化などからのストレスにより一過性に不安やうつ状態を生じたものである。適応障害より重いうつ状態が「抑うつ性障害」であり、「躁」と「うつ」の気分の波を特徴とするのが「双極性障害」である。抑うつ性障害と双極性障害を合わせて、「気分障害(感情障害)」という。

感情とはいわゆる喜怒哀楽である。人間の理性を船に喩えるならば、感情は船を浮かべた心の海のようなものである。感情が大きく騒げば、理性も揺さぶられる。ときには、感情の波に船が転覆させられることもある。いくら理性の舵でコントロールしようとしても、どうすることもできないこともある。抑うつ性障害や双極性障害では、本人の意志や状況とは無関係に、大小の波やうねりに翻弄されるのである。症状の著しい場合、本人や周囲が気づいて、治療を受けることになるが、それほど著しくないものでは、「性格」や単なる「不調」「怠け」として放置されていることも少なくない。早く気づいて、早く適切な治療を受けることが、人生の質を高めるだけでなく、無用の被害や損失を防ぐことにもなる。

 

1.抑うつ性障害(うつ病)

大うつ病と気分変調症

うつ病は元来非常に頻度の高い疾患である。生涯に十五%もの人が大うつ病にかかると言われ、女性では、四分の一にも達するとされる。大うつ病より軽いうつ状態を含めれば、その割合は、非常に高いものとなる。

著名人でも、うつ病のエピソードが知られている人は非常に多い。音楽家のグスタフ・マーラーや、『黒猫』などの心理小説、つまりサスペンス小説の元祖であるエドガー・アラン・ポー、奴隷解放宣言で名高いアブラハム・リンカーンも、うつ病に苦しめられた。日本人でも、新渡戸稲造や木戸孝允(桂小五郎)のうつ病は有名である。最近では、高島忠夫氏や倉島聡氏がうつ病との闘病を告白し、多くの共感を集めた。

抑うつ性障害には、症状の強いうつ状態が数ヶ月みられる「大うつ病」と比較的軽いうつ状態が数年(子どもでは最低一年)以上にわたって慢性的に持続する「気分変調症」がある。

大うつ病は、脳の活動を支える神経伝達物質が枯渇した状態で、そのため、あらゆる生命活動、認知機能が低下をきたす。すべての喜びや楽しい感情が失われ、気力も関心もなくなってしまう。食欲もなくなり、味はなく、食べ物は砂を噛んでいるようで、体重も激減する。便秘も必発である。真夜中に目が覚め、それから眠ることができない。判断力や集中力、注意力、記憶力、根気といった能力もそこなわれ、何も手がつかなくなる。生気のない、うつろな眼差し、表情の乏しい顔、少ない口数、小さな声も特徴で、顔つきは仮面を被ったような印象を呈する。イライラしてじっとしていられない焦燥感をともなうことも多い。頭痛や体の痛みを訴え、体の病気と間違われることも少なくない。また、自分は罪深い人間だとか(罪業妄想)、自分はちっぽけで無価値な人間だとか(微少妄想)、破産して貧乏になってしまう(貧困妄想)という思い込みや妄想がみられることもある。

ただし、次の項目で述べるように、子どもや若者では、以上に述べた典型的な症状が見られないことも多い。

気分変調症では、長期にわたる慢性的なうつ状態が特徴で、一年の半分以上、不調の日が続き、二ヶ月以上好調が続くことはないとされる。

 

子供、若者の「うつ」

子どものうつでは、大人のうつに比べて、一見「うつ」と気づかないような出方をするのが普通である。ふさぎ込んだり、気持ちが沈むということが自覚されず、むしろ不機嫌で怒りっぽかったり、体の不調を訴えたりという表れ方をしやすい。学校を休む、食事(弁当)を残す、一人になるのを不安がる、こだわりが強まるというのも、よくみられる兆候である。また、子どもの「うつ」では、状態が移り変わりやすく、元気がないなと思ったら、いつもと変わらない様子で遊んでいたりして、正体がつかみにくい。その場合、以前のその子の様子と比べて考える必要がある。

青年のうつでも、同じように症状がはっきりしないことがある。自分の状態に無自覚で、まだ言語化して把握できていないことが多いため、本人が自覚している問題は、まったく「うつ」とは違う人間関係のことであったり、成績や勉強のことであったりする。こうした場合には、むしろ問題は「うつ」であって、そのために、何もかもがうまくいかなくなっているのだということを、まずわからせる必要がある。

その一方で、心理的な知識の普及とともに、自分の気分や心理的な状態について過度に敏感で、言語化の過剰な青年もみられるようになった。そうしたケースでは、「うつ」は、その人のアイデンティティの一部のようになっている場合もあり、よく言えば「うつ」と共存していると言えるが、度が過ぎてくると、「うつ」を盾にとって現実を回避してしまい、余計「うつ」からの脱出が難しくなっている場合もある。

青年期の「うつ」では大うつ病は少なく、主流を占めるのは気分変調症で、「うつ」が慢性的に持続しながら、よくなったり悪くなったりする。

大うつ病では、ことに自殺の危険をまず考える必要があるが、気分変調症でも境界性パーソナリティ障害などにともなうものでは、些細なきっかけから見捨てられ感を強め、悲観して、自殺企図に至ることも少なくない。(境界性パーソナリティ障害の項を参照)

 

【ケース】 がんばれない

短大を出て、幼稚園の仕事に就いたばかりの二十一歳の女性は、夏まで順調に仕事もこなしていたが、秋頃から、以前ほど気力が出ないのを感じるようになった。あれほど園児と会うのが楽しみだったのに、顔を合わせるのがつらい。園児たちが何か言ってきても、何と答えたらいいのか、言葉が浮かんでこない。頭がバカになったみたいだ。笑顔がなくなったと家族や同僚から言われる。食欲は全くなく、食べてもボロを噛んでいるように味がない。一ヶ月ほどで、五キロほど痩せた。迷惑をかけるので仕事に出なければと思うが、体も頭も動かない。気持ちだけが空回りをしている。「がんばりたいのに、がんばれない。」

二週間、抗うつ剤アナフラニールの点滴を行い、うつ状態は急速に改善。さらに抗うつ剤の内服を継続。一ヶ月あまりで、うつ状態はすっかりよくなり、ニューカレドニアに一週間旅行に出かけた。少し日焼けした顔で、元気いっぱいに戻ってきて、「最高でした」と語る。幼稚園は辞め、一般企業に就職。その後、抗うつ薬の服用も中止したが、確認できる三年ほどの間には、再発もなかった。

 

大うつ病は、症状から大きく二つのタイプに分けられる。一つは、このケースのように、意欲や活力が低下し、体が動かなくなるタイプ(抑制型)である。もう一つは、イライラや焦りが強く、何も手につかないのだが、じっとしていることもできないタイプ(焦燥型)である。後者では、自殺企図の危険がより高い。一人の人に、前者と後者の両方が時期を違えてみられる場合もある。青年期には、焦燥型は少なく、抑制型が多い。

中年期にみられる大うつ病では、夜中の二時、三時といった時間に目が覚めてしまう早朝覚醒が特徴だが、青年では、むしろ睡眠時間の長くなることが多い。

大うつ病では症状が強いものの、抗うつ薬が劇的に奏効し、あとで述べる気分変調症に比べて、すっきりと完治しやすい。ことに若い人の大うつ病で、パーソナリティ障害や心的外傷体験を伴わないものでは回復がよい。しかし、背景的な問題をかかえたケースでは、次のケースのように、回復に手間取りがちである。

 

【ケース】 言葉にならない悲しみ

自殺企図をして入院になった青年Nは、覇気なく、虚ろな目をしていたが、つらさや苦しさを自ら訴えるでもなく、ただ言葉少なに、つらいですと答えるだけである。食事量はわずかで、体重は七キロほど減少している。横になって、じっとしていることが多い。ところが、ある日、スタッフの目を盗んで、結んだハンカチで首をつろうとして、発見される。

自分は生きていても役に立たない人間なので死んだ方がいいという。その方が、家族にも迷惑がかからないという。

うつ状態が改善するにつれて、母親が小学生のときに亡くなったことや、母親と死に別れてからの苦労話を語るようになった。父親は間もなく再婚し、異母弟や異母妹ができたが、継母は家事や子守の嫌いな人で、Nに雑事を押しつけることが多かった。将来の進学のために、彼が小学生のときから中学三年まで新聞配達をして、こつこつと貯めた貯金を、継母がすべて使っていたことが発覚。そのため、結局進学を断念せざるをえなかった。だが、父親は彼に「堪えてくれ」としか言わなかった。

Nは、継母と暮らすのが厭で、北海道の牧場に住み込みの仕事を見つけて就職。だが、そこの重労働に耐えられず、実家に戻される。その時、最初の「うつ」が出ていたようだ。

実家に戻ってからも、そこに居場所がないと感じる。再び家を出て、住み込みの仕事に就くが、三ヶ月ともたずに体が動かなくなった。そんなある日、刃物で首を切って血を流しているところを発見されたのである。

Nは、もう誰のお荷物にもなりたくなかったと語った。Nは、こうしたつらい思いを誰にも話してこなかったという。

その後、うつ状態は順調に改善するが、退院が近づき家庭へ戻ることを考え出すと、再び病状が悪化。退院後も、無理な就労と、悪化を繰り返した。

 

このケースのように、十代の青年に大うつ病がみられる場合、死別体験や早期の愛情剥奪体験などの重い精神的ダメージを受けていることが少なくない。遺伝的負因も認められやすく、身内で自殺した人がいるケースも時々出会う。

大うつ病のケースでは、苦しさの訴えがむしろ控えめで、切迫感を感じさせない場合もある。だが、その実は、つらさを言葉にすることもできず、涙も出ない状態なのである。自分を責める傾向が強く、すべて悪いことを自分のせいだと考えがちである。

大うつ病の自殺企図では、しばしば確実に死ねる方法で自殺を遂げる傾向がみられる。睡眠薬自殺やリストカットは少なく、首つりや身投げ、毒物の服用などが多い。何ら予告や兆候なく、裏をかくように実行してしまうこともある。回復し始めた頃に自殺が実行されることも多い。大うつ病では、完全に回復するまで、つねに自殺の危険を考慮する必要がある。

一方、十代から二十代の若者に多いのは、次のケースのような気分変調症である。

 

【ケース】 晴れ時々土砂降り

高校二年生のR菜は、もともと明るくて、元気な性格だった。面白い話をして人を笑わせたり、次々と話題も豊富で飽きさせない。ところが、高校一年の秋頃から、大した理由もなく、急に無口になり、人と話したくなくなるときがみられるようになった。そんなときは、元気のない自分を見られたくないので学校も休んでしまう。ただ、一日か二日寝て過ごすと、気分がよくなってくるので、何日も続けて休むことはなかった。

しかし、最近、落ち込みが頻繁になり、些細なことで、急に「うつ」がくるようになった。落ち込むと、すべてが厭になって、もうこの世から逃げ出したいと思うこともある。生きていてもつまらないと思う。が、些細なきっかけで、また気分がよくなると、普通に戻っている。

両親はR菜が小学六年のときに離婚。R菜は父親に引き取られた。高校一年の時に、母親が再婚。そのことを母親から告げられたときは、内心ショックだったが、母親に「おめでとう」と祝福の言葉を述べたという。最初の気分の落ち込みを経験したのは、そんなことがあって間もなくのことであった。

R菜は、ずっと自分の気持ちを抑え、周囲に合わせてきた自分を自覚するようになった。自分の気持ちを欺き続けているうちに、無理がかかっていたのである。

 

 このケースのように、気分変調症では、うつ状態がみられても、その程度は時々刻々と移り変わっている。その間には、すっかり元気な状態がみられることもある。若者にみられる気分変調症は、親子関係の問題や自分のアイデンティティの問題とからんだ、境界性や回避性などのパーソナリティ障害にともなってみられやすい。その場合、「うつ」だけを手当てしても、根本的な解決にはならない。

大うつ病では、他人よりも自分を責める傾向が強いが、気分変調症では、責任や問題を回避する傾向がみられる。根本的な問題に向き合うことを避けていることが、うつを長引かせる原因となっている状況によく出会う。

 

「うつ」になりやすい性格

うつ病の病前性格として、テレンバッハという人が提唱した「メランコリー親和型気質」や下田光造が唱えた「執着気質」というものがよく知られている。西洋と東洋の文化の違いを越えて、どちらも、几帳面で、仕事熱心で、凝り性で、秩序や規範を重んじ、責任感が強いという同じ性格傾向を述べている。今日のパーソナリティの分類では、強迫性パーソナリティというものに相当する。ただ、これは中年のうつ病に典型的に当てはまるものの、若い人のうつ病には必ずしもあてはまらない。若い人のうつでは、理想が高く、完璧主義だが、自分には自信がなく、人の評価に過敏な傾向が見られる。また、中年期にうつになる方は、それまでとても元気で、人一倍活発だった方が多いが、若い人のうつでは、活動性や積極性が元々乏しい人も少なくない。

 

季節変動と生理周期 高緯度圏に多い「うつ」

高緯度地方には、うつ病が多いことが、昔から知られていた。北欧のような白夜の国では、秋の訪れとともにうつになる人が増えるのである。スウェーデンなどでも、うつ病の問題は深刻だと聞く。日本でも、秋から冬にかけて、調子が下降するタイプの人がいる。最近の研究では、日照時間とうつが関係することがわかってきた。体内時計であるサーカディアン・リズム(概日リズム)が、季節に伴う日照時間の変化に影響を受けやすい人では、冬場になると、ある意味で「冬眠」の状態になってしまうと考えられる。こうした「季節性うつ病」と呼ばれるものでは、日照時間が短くなると気分が沈み、睡眠時間が長くなり、意欲が減退する。動かない割に食欲はあり、体重が増える。春から夏にかけては、元気で、短時間睡眠でよく動くので、体重も減り加減になる。

このタイプのうつの人は、熱帯地方に旅行したり、白夜のシーズンにカナダやアラスカに出かけると、症状がよくなる人がいる。日本では、調子が悪かったのに、東南アジアの発展途上国への赴任を命ぜられ、どうなるかと心配していたら、すっかり元気になったりする。

若い人でも、こうしたサーカディアン・リズムの変化に伴う気分の変動を示す人がいる。

 

【データ】

大うつ病の生涯罹患率は十五%、女性では二十五%に達すると言われているが、児童や青年ではまだその比率は小さく、年齢とともに上がっていき、十四歳頃から増加のカーブが急峻となる。児童期では三%以下、青年期では十%以下とされる。児童期では、男女差は認められないが、青年期では、女子の方が二倍程度多くなり、成人になると差はさらに広がる。

初めて大うつ病になった人のうち六割が再発し、再発をくり返すにつれ、さらに再発しやすくなる。大うつ病の三分の二は完全に寛解するが、三分の一は部分的にしかよくならず、遷延化すると言われている。

最初に大うつ病が起こるときは、きっかけとなる出来事(死別、離別、転居、職場の移動など)が先行していることが多いが、二回目以降、特別なきっかけなく悪化を来たしやすくなる。

気分変調症は一般人口における有病率が三〜五%に達する、きわめて頻度の高いものである。若者ではさらに多い。パニック障害や薬物乱用、パーソナリティ障害との合併も多い。

 

【症状の類似する疾患】

身体疾患の中には、不活発や意欲の低下、体重減少などの症状を呈し、「うつ」と紛らわしい状態を示すものがある。特に注意を要するものを挙げると、甲状腺や副腎などの内分泌障害、結核、HIVなどの感染症、悪性腫瘍、慢性疲労症候群、自己免疫疾患などの消耗性疾患が含まれる。また、多くの薬物がうつ状態を引き起こす可能性があり、鎮痛解熱剤や抗生物質など一般に使用頻度の高い薬も原因となることがある。

一方、うつ状態を呈する精神疾患としては、抑うつ性障害、双極性障害以外にも、適応障害、不安性障害、摂食障害、身体表現性障害、アルコールや物質依存、パーソナリティ障害、統合失調症などが挙げられる。また、精神遅滞、広汎性発達障害、学習障害の子どもにも、うつ状態が合併しやすい。

 

 【対応と治療のポイント】

 大うつ病や気分変調症でもうつが強まっている場合には、のんびり、気長に構えるということが第一で、周囲も本人の焦りやせっぱ詰まった思いを受け留めた上で、今はのんびり休養するときだと伝えて、ゆっくり休めるように配慮することが基本である。大うつ病では、少し元気になり始めても心の中に希死念慮を抱いていることもあり、「そろそろいいだろう」と励ましやプレッシャーを与えることは控えるべきである。周囲はブレーキを踏むかかりに徹した方が、よい結果につながりやすい。十分に回復すれば、本人の方から自然に動き始めるものである。また、調子がいいからといって、急に頑張りすぎると再び悪化しやすいので、時間をかけて徐々に負担を増やしていくことが必要である。

 気分変調症では、調子のいいときに頑張りすぎないことが大切で、周囲も調子がいいからと、はしゃぎすぎたり、打ち込みすぎたりしないように配慮する必要がある。やりすぎると必ず後で、揺り戻しが来る。うつとうまく付き合いながら、平均的に生活するように心がけたい。

大うつ病の治療では、精神療法と薬物療法を併用するのが一般的である。大うつ病では、身体の衰弱と自殺という二つの危険をまず念頭におかねばならず、また、元の生活へ速やかに復帰するために回復の期限が切られているという差し迫った状況を抱えたケースも少なくない。したがって、もっとも安全で、確実な回復が期待できる方法を選択することが臨床医の義務ということになろう。現在、もっとも有効であると考えられているのが、薬物療法と精神療法の統合療法であり、重症のうつ状態ほど、薬物療法は有効である。軽症のケースでは、薬物療法と精神療法の効果の差が小さくなり、精神療法が重要になる。したがって、気分変調症のケースでは、薬物療法とともに精神療法が重要と言える。

精神療法としては、支持的精神療法と認知療法の技法がよく使われる。必要に応じて、洞察的精神分析療法や家族療法も行われる。

 支持的精神療法は本人の気持ちや苦しさを受け留め、共感し、支えを与えるもので、精神療法の基本である。よい治療者では、技法云々よりも、まずこの支える力がしっかりしている。

 認知療法は、本人の否定的で融通の利かない物事の受け止め方を修正することで、現在のうつ症状の苦痛を緩和すると同時に、回復した後、肯定的で柔軟な考え方をすることで、再びうつに陥ることを防ごうとする。近年では、マインドフルネスやマインドフルネスと認知療法を加えたマインドフルネス認知療法、対人関係療法も有効な治療法として確立されている。

 ※認知療法やマインドフルネス、対人関係療法などの専門的な心理療法は、熟練した専門のスタッフが、提携しているカウンセリングセンターで、十分な時間をかけて提供しております。


 

 

2.双極性障害(躁うつ病)

創造力の源泉にも

どくとるマンボーの愛称で知られる作家で精神科医の北杜夫氏は、ご自身躁うつ病の持病があり、「波」に翻弄された経験を持つ。北杜夫氏の作風には、『どくとるマンボー青春記』のような底抜けに明るい、ユーモア溢れる作品もあれば、『幽霊』のような、まるで別人が書いたような、暗く陰鬱な空気を漂わせたものもある。躁とうつの波が、作品にも当然影響したであろうし、躁状態のエネルギーが、創作力の源となったとも考えられる。

ゲーテのように、周期的に躁とうつの時期を繰り返し、躁の時期には、恋をし、次々に作品を書くが、うつの時期には、創作も低調になり、日々の生活に沈潜するという現象は、他の芸術家や作家においても、よく見られることである。

躁状態は頭の回転がよく、口もなめらかになり、つぎつぎとアイデアや言葉が泉のようにわき出して、まさに絶好調と感じられる。ふだんは大人しくて、小心だった人も、行動的で積極的になり、異性をみかけると気の利いた口説き文句を並べ、相手は、なんて愉快で楽しい人と魅せられ、実際、恋人ができたりもする。だが、度が過ぎてくると、夜もろくに眠らず、動き回り、湯水のようにお金を使ったり、誇大な考えに囚われて、事業を始めたり、投機に大金を投じたりする。北杜夫氏も、躁状態のときに株式投資に手を出して、大変な損失を出してしまったという。愉快な上機嫌さが、やがて怒りっぽさや短気に代わり、陽気に笑っていたかと思うと、急に怒り出すという具合に、気分がめまぐるしく変わるようになる。行動が次第に常識を外れて暴走し、ついには、混乱した、しっちゃかめっちゃかな状態になることもある。これが躁状態の極期である。

体は疲れ切っているのに、気持ちだけが元気であるという状態がしばらく続き、次第に活力や気力にもブレーキが掛かり始める。すると今度は、気持ちが沈み始め、自信が消えていき、躁状態のときにしてしまったことを後悔するようになる。とくに多額の浪費をしたり、借金をしたり、異性との軽はずみな関係をもったりした場合は、あとで自分を責め、強い希死念慮から自殺を図ることも稀ならずある。

 

 三つのタイプ

 双極性障害は、その経過から大きく三つのタイプに分けられる。それぞれ双極性I型、U型、気分循環性障害と呼ばれる。

「双極性T型障害」は、躁状態とうつ状態(軽うつ状態の場合もある)を繰り返す、もっとも波の大きなタイプである。数ヶ月から数年の周期で、両者の状態が入れ替わりながら繰り返す。本格的な躁状態が一度でも見られれば、双極性T型障害と診断される。

「双極性U型障害」は、軽躁状態とうつ状態(少なくとも一回の大うつ病)を繰り返すタイプで、本格的な躁状態がないのが特徴である。

「気分循環性障害」は、軽躁状態と軽うつ状態を頻繁に繰り返すタイプで、本格的な躁状態や大うつ病がみられないのが特徴である。

 

【ケース】 私はスター

高校一年生の少女U未は、大人しく、内気な性格だったが、一週間ほど前から急に陽気で活動的になり、タレントを志望して突如上京、芸能プロダクションに押しかけて、自分を売り込もうとした。相手にしてもらえず、両親に連れ帰られるが、その頃から夜もあまり眠らず、一日中出歩くか、電話で喋り続けている。二時間ばかり眠っただけで、絶好調だといい、目を爛々と輝かせている。気分がころころと変わりやすく、上機嫌かと思うと突然怒り出したり、泣き出したりする。ゲームセンターで知り合った男性と、朝まで遊んで帰ってきた朝、母親に注意され大喧嘩となった。家を飛び出した足で学校にいった。朝礼中であるのもかまわず、教室の窓から、運動場に向かって声を張り上げ、歌を歌ったり、自分の決意を演説したりして、全校生徒の拍手喝采を浴び、カリスマ気分だった。慌てて駆けつけた両親とともに、そのまま医療機関を受診した。診察のときも、自分がスターになって、人々を幸福にしたいと滔々と話し続けた。躁状態と診断され、二ヶ月半入院。

躁状態が落ち着いた後、自分のとった行動に対する後悔から、気分が落ち込みがちとなった。結局、その後一日も登校しないまま、高校は中退。外に出るのも、周囲の目が気になると、こもりがちの生活が半年ほど続いた。通信制の学校に移って高校を卒業後、短大に進学。その後も、二、三年に一度、躁とうつの波が現れ、二回入院しているが、薬の服用をきっちり守るようになってからは、再発が防げている。

 

双極性T型障害のケースである。このタイプでは激しい躁状態が特徴で、思いもかけない大胆で、常識を度外視した行動をとり、周囲を慌てさせる。最初は上機嫌で、絶好調と感じられているが、しだい体が疲れて来るにつれて、不機嫌や怒りっぽさ、急に泣き出すなどの感情の失調が目立ち始める。さらには、次第に行動に纏まりがなくなり、ただ動くために動き回っている状態になったり、錯乱状態をきたすこともある。うつ相に入ると、急激に自信がなくなり、これまでしてしまったことを後悔し、余計絶望的な気持ちになりがちである。

T型障害は、薬物療法がもっとも奏効しやすいタイプで、本人にあった気分安定化薬を見つけ、予防のために必要な量を服用し続けることが、有意義で、安心できる人生を歩むために、非常に重要だといえる。

 

【データ】

双極性I型障害の生涯罹患率は、統合失調症とほぼ同じ約一%とされる。抑うつ性障害よりずっと頻度が少ない。また抑うつ性障害と異なり有病率に性差はみられない。

 

【症状の類似する疾患】

 躁状態は、悪性腫瘍や内分泌系疾患、てんかん、偏頭痛などの神経疾患、SLEのような自己免疫疾患、頭部外傷、ビタミン欠乏症などの身体疾患によって生じることもある。また、統合失調症の急性期は、活動的で多弁になり、躁状態と区別がつきにくいことがある。覚醒剤やリタリン、麻薬性物質、抗うつ剤やSSRIなどの向精神薬、副腎皮質ホルモンなどの薬物によっても生じ得る。

 

 【対応と治療のポイント】

 躁状態は、カウンセリング的なアプローチが、もっとも効果がない状態の一つと言われている。話を聞けば聞くほど、話が飛び跳ね、どんどん状態が悪化してしまうこともある。相手を説得しようと正論を説いても、ただ怒らせるだけになることもある。

 躁状態が疑われるときは、余り話を聞き過ぎない方がいい。ちょっと疲れているようだから、話しすぎない方がいいと助言し、できるだけ睡眠をとるように促すことが大事である。こういう状態の時には、お金使いが荒くなり、トラブルや異性関係の失敗が起こりやすいので、行動を慎重にするようにアドバイスする。とくに大切な決断をするのは避けなければならない。

 躁状態のときに、必発なのは早朝覚醒といって、夜中の二時や三時にパッチリ目が覚めることである。目覚めたときから爽快な気分で、熟睡感があり、活力が漲っているように感じるため、すぐに活動を始めようとする。しかし、それで動いていると、どんどん躁状態がひどくなっていく。目が覚めてしまっても、できるだけ横になっていたるようにアドバイスするのがいい。躁の初期のうちであれば、そのうち浅く眠れることもある。二度寝すると体がだるくなるので、起きてしまうという人がいるが、躁状態を防ぐには、体がだるくなるくらい眠ることが何より大切なのである。躁状態にとって、睡眠は制御棒のようなものだと言えるだろう。

 一時的な躁状態であれば、たっぷり睡眠をとれば改善することもあるが、病気の症状で躁状態が出てきている場合、放っておくとどんどんひどくなってくる。できるだけ早い段階で受診をすすめることがもっとも重要である。

 また抗うつ薬を服用している人では、抗うつ薬が効き過ぎて躁状態が起きることがあるので、そうした状態が疑われる場合は、予定の診察日まで待たずに、できるだけ早く診察を受ける必要がある。

初期であれば、投薬の調整によって短期間に落ち着くこともあが、一旦勢いがついてしまうと、薬を飲んでも、勢いが止められず、どんどんひどくなることが多い。その場合は、躊躇せずに入院して治療した方がよい。それが結局、本人の名誉や安全、財産、人格の尊厳を守ることになる。家族への影響や被害も最小限に食い止められるので、その方が、病気が回復してから、家族関係への悪影響が少ない。

 相手の気持ちを逆なでするような言い方は避けながら、誠意をもって、体と心を守るために、何をしなければならないかを伝えることである。

 

「性格」と誤解されやすいタイプ 

 先に述べたように双極性障害の中には、いくつかのタイプがあり、その中には、病気だと気づかれにくいものがある。その一つが双極性U型障害と呼ばれるものである。双極性U型障害は、うつ状態と軽躁状態を反復するもので、本格的な躁状態がみられないのが特徴である。軽躁状態のときは、とても快活で明るく、饒舌で冗談ばかり言ったり、軽はずみな傾向がみられる。ときには、それからトラブルになったり、気が大きくなって金遣いが荒くなったり、よく呑みに出かけたり、夜遊びが増えたりするのだが、明らかに病的というほどではなく、「性格」だと思われることが多い。ところが、うつになると、ひどく沈み込み、外に出るのも億劫になり、何も手につかなくなったりする。軽躁状態のときに、派手にやりすぎたことで後悔に囚われ、またトラブルの処理で悩んで、よけいに落ち込み、自殺企図することもある。

 

【ケース】祭りの後

丸顔に、愛くるしい目鼻立ちの少女は、打ちしおれた様子で診察用の丸椅子に座っていた。深く自分の行いを反省し、悔恨しきりといった様子だった。リラックスさせるように話しかけると、少女は緊張気味に、おちょぼ口のふっくらとした唇を微かに震わせながら、少しずつ今日の日に至る経緯をぽつりぽつりと語り始めた。

 M子は無免許で運転した自動車で、通行人を轢き、死亡させていた。業務上過失致死と道路交通法違反で逮捕され、施設に送られてきたのである。

 十二月の終わり頃からスーパーの食品コーナーで働くようになった。正月明けから仕事に行き始めたときに、「波」が来た。その夜、ふっと飲みに行きたくなったのだ。そのまま遊び続けて、四日後に仕事に出たが、クビだと言われた。

 派遣会社(コンパニオン)に行って、使ってしまったお金を稼ごうと思った。二、三回コンパニオンの仕事をして、そこで知り合ったおじさんに紹介してもらったスナックで働くことになった。スナックに行った翌日、呉服屋を覗いていたら、前の日に行ったスナックのママが着物をきていたのを思い出した。見ていたら急に欲しくなって、二百万くらいの着物を契約した。

たまたま、彼が結婚資金のために貯めていたお金を、通帳を作るために預かっていて、そのお金を使ってしまったのである。前にも一度そういうことがあった。着物ということの連想で、急に京都に行こうと思い立ち、一旦家に帰って、妹のキャッシュカードと父親の車を持ち出し、銀行からお金を引き出した。そのお金で、髪を結い、着物を着つけてもらった。京都に向けて走り出したところで、事故を起こしたのである。

翌日にお通夜に出た。その翌日が葬式の予定であったが、お通夜からの帰り、父の車から降ろしてもらって、友人のところに行くと言って逃げ出した。派遣会社のコンパニオンの仕事を二日間やって、翌日(葬式の日)新幹線で東京に行って、東京で売春した。一週間くらい東京にいて、テレクラで男を拾って売春していた。親がどうにかしてくれるだろうという気持ちと、逃げたいという気持ちと。それから一週間くらいして帰った。

 M子の場合、二、三ヶ月の周期で、軽躁状態が来ていた。しかも、躁がくるのは決まって生理の始まる前だった。入院後も、M子の気分の波はなかなか収まらず、ハイ・テンションとブルーの時期を繰り返したのである。

 

同じように「性格」と間違われやすいのが、次のケースのような気分循環症である。

 

【ケース】 どっちが本当の私?

 U子は、いかにも箱入り娘という風情の十九歳の女子大生である。体がだるく、大学の講義を休んでしまうとのことで、母親と医療機関を訪れた。よく話を聞くと、調子が悪いのは、一ヶ月の半分だけで、残りの半分は、むしろ元気すぎるくらいで、講義だけでなく、サークル活動や勉強会を二つも三つもかけもちして動き回っているという。ところが、残りの半月は、布団から起き出すこともできずに、一日中寝てばかりの状態だという。その周期は、ほぼ正確に二週間ずつで、どうやら生理の前後を境目に状態が切り変わるようだ。つまり、生理前の二週間は、身動きのできないうつ状態であり、生理が来ると、百八十度気分が変わって、睡眠も三、四時間で、元気に動き回っている。

 誰であれ、気分には多少の波はあるものだが、U子の場合は極端であった。しかも、二週間という正確な周期で、正反対ともいえる状態が入れ替わっている。自分でも、どっちの自分が本当の自分なのだろうと思うという。

 気分安定化剤を何種類か試みた結果、三ヶ月後くらいから、U子の波はピタッと止まった。その後U子は大学を卒業。福祉関係の仕事に従事。就職三年目に、恋愛を契機に躁状態が再発。服薬の再開で、やがて落ち着いた。

 

このケースのように、女性では生理周期に伴うケースが多い。境界性パーソナリティ障害などと間違われることもある。

 

【データ】

双極性U型障害の有病率については、正確な統計がない。気分循環症の生涯罹患率は一%強と推定されている。境界性パーソナリティ障害の人の一〜二割が気分循環症を合併している。短い周期で躁とうつが入れ替わる双極性障害を「ラピッド・サイクラー」と呼ぶことがある。ラピッド・サイクラーは、どのタイプの双極性障害でも起こりうるが、双極性T型には少なく、双極性U型や気分循環症に多い。双極性U障害は、双極性T型や大うつ病より自殺のリスクが高いといわれる。

 

【対応と治療のポイント】

双極性U型障害や気分循環症では、軽躁状態や気分の波のため、家族や友人、同僚との間にトラブルや誤解が生じやすい。病気とわからずに性格だと思われていることが多い。軽躁期には金銭面、恋愛や性のトラブルがことに起こりやすい。周囲がいくら言っても、そのときはブレーキが利きにくく、うつ期になってから、しきりに後悔、反省するが、軽躁期になるとまた同じことを繰り返すことになりやすい。その繰り返しに、家族や周囲の者も疲れていき、次第に手を引いてしまう。

もっとも予後のいいケースでは、気分安定化剤が奏効して、波がほとんど消える。服薬の励行によって、再発も防ぐことができる。また、多少波が残るケースでも、自分である程度自覚して、あるいは、周囲のアドバイスに耳を貸し、行動をコンロトールできる場合もある。


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