強迫性障害 チック

しないではいられない 強迫行為と強迫観念

 「強迫性障害」は、自分でも無意味で不合理だとわかっている行動(強迫行為)や考え(強迫観念)を止めることができないことを特徴とする障害である。
 
 よく見られる強迫行為としては、手を何度も洗う、鍵やガスの元栓を何度も確かめる、入浴、食事、トイレ、就寝の際に、決められた手順通りにしないと気が済まないといったものが挙げられる。こうした行為は、次第に手順が込み入っていき、何時間もかかる儀式になることもある。そのため、些細な日常の起居動作にも、長時間を要するようになり、ときには、生活がすっかり滞ってしまうこともある。
 
 ある若者は、入浴の際に、体を洗う部位の順番から回数まで、こと細かに決められたとおりにしないと、また最初からやり直さなければならなかった。そのため、入浴に二時間近くもかかった。別の女性は、外出する度に、戸締まりやガスの元栓を何十回も確認しないといられないので、とうとう家から出られなくなってしまった。
 
 一方、強迫観念には、排泄物や細菌といった物への恐怖に関連するもの、災害や不幸が起きるに違いないという囚われ、正確さや秩序にたいするこだわり、数に関するこだわり、倒錯的な性に関するものが、よく見られるものである。

【ケース】 完璧さの病
短大を卒業して、会計事務所に勤めている二十一歳の女性である。真面目な性格で、学校時代は成績も良く、就職するまでは何の問題もなかった。ところが、就職して些細なミスを上司に叱られてから、ミスに対してひどく神経質になった。その頃から、ゴミを捨てるときに、大切な書類が混じっているような気がして、何度も確かめるようになった。
 
 そのうち、手を洗う回数が増え、入浴時間や洗面がひどく長くなった。二時間ばかりも浴室に入ったまま出てこない。他人に自分の持ち物を触られると、バイ菌で汚染されたように感じ、気になってしかたがない。家族が自分の持ち物に触れることさえ厭がり、自分の部屋にも入らせない。そのくせ、部屋は家具の上が埃で白くなり、ゴミ箱はゴミで溢れそうになっている。

 
 ゴミを捨てると思うだけで、ドキドキする。仕事をしていても、大変なミスをしてしまったような気がして、何度も確かめてしまう。とうとう仕事に出られなくなってしまった。

 だが、家にいても、自分のミスで事務所に大損害を与えているのではないかという考えが頭を離れない。すっかりふさぎ込んだ状態で、医療機関を受診したのである。


 人は完璧でありたいという願望を心の中に持っている。ことに、自分の理想を確立する時期である青年期においては、完璧さへの欲求が非常に高まる。妥協や曖昧さというものを嫌うのである。それを、ある文学者は「正確さの病」と呼んだ。潔癖で自分のやり方へのこだわりを示すのである。ところが、何かのきっかけに、この完璧さへの欲求が傷つくような体験をすると、そうしたこだわりが病的に強まってしまうのである。元々、潔癖で、こだわりの強い素因を持っていると、強迫性障害を発症しやすくなる。

強迫行為の始まりは、いつとはなしということもあるが、不安が高まる状況を背景にしていることが多い。親元から自立していく段階、たとえば、進学や就職、結婚の前後に目立つようになることが多い。

強迫性障害にともないやすい症状の一つは、この症例でもみられた「不潔恐怖」である。手や体、髪の毛を何度も洗う「洗浄強迫」と一緒に見られることが多い。不潔恐怖の人にとっては、自分はきれいだが他人は汚いものである。自分が汚していることには平気だが、他人が触れたりすることには我慢がならないのである。

そこでは、ただ客観的に清潔さを求めるのとは違う基準が働いている。実際、不潔恐怖の人は、とても「不潔」だったりする。不潔さに対する恐れの本質は、自分でないものへの拒絶なのである。そこには、自己愛の障害がひそんでいる。


不潔恐怖のピアニスト
 グレン・グールドというピアニストがいた。型破りな『ゴルトベルク協奏曲』の演奏で、聴衆の度肝を抜き、完璧な演奏にこだわる余り、ついに演奏会を一切やらずに、レコーディングだけに演奏活動を限定してしまった。彼にとっては、聴衆さえ自己の芸術の「夾雑物」に過ぎなかったのである。ちなみに、『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士も、グールドの『ゴルトベルク協奏曲』がお気に入りだった。
 
 しかし、外見的には、優雅なフロック・コートが似合うレクター博士より、グールドの方が変人に見えたはずである。グールドは八月の猛暑の最中でも、オーバーコートにマフラーという出で立ちで、しかも手袋をはめていたという。そして、誰かが握手を求めて近づきでもしようものなら、「ドント・タッチ・ミー」と飛びじさったという。

 実は、グールドには、不潔恐怖の症状があったのである。
 
 グールドならずとも、不潔恐怖の人の中には、ときどき、手袋をはずそうとしない人がいる。そして、体を覆いたがる。外出から戻ると、すべてを脱ぎ捨てて、室内専用着に着替えることもある。

 グールドには、もう一つ有名な奇行があった。レコーディングのとき、必ずトラの皮を持参して、それを椅子に敷くのだという。こうした儀式的な強迫行為は、しばしば安定剤的な作用を持っている。シュールレアリズムの画家ダリも、どこへいくときも木彫りの人形を手放さなかったことで有名だ。あるとき、木彫りの人形が行方不明になったことがあって、ダリは泡を吹いて倒れそうなほど、激しいパニックに陥ったという。

対人緊張や社会不安の強い人では、支配的な両親から、折り目正しい躾や指導を受けて育っていることが多い。緊張で震える体の動き一つ一つから、彼の両親のこと細かな指導の声が聞こえてきそうだった。このタイプの青年では、のびのびと、気ままにやらせてもらうという経験が不足している。絶えず、相手の評価や視線を気にしてしまうのであるが、それは、厳しい親が注いできて視線の名残でもある。

罪を犯す不安
 
 
強迫観念で多いものの一つは、何か悪いことをしてしまう、あるいは、してしまったといった加害者となる不安に基づくものである。もう一つは、性的で破廉恥な内容や言葉が勝手に思い浮かんしまう場合である。どちらの場合も、罪を犯す恐れや罪悪感と結びついていることが多い。次のケースもそうしたものの一つである。

【ケース】 罪の証明
 ある若い男性は、自分が何か重大な過失を犯したに違いないという考えに取り憑かれていた。その考えに囚われ出すと、彼はその過失を探し出そうと記憶をたぐり始める。車を運転していて、誰かを轢いてしまったのではないかと不安になり、自分の車を調べたり、新聞にひき逃げの記事がないかを調べたりするのだ。だが、明らかな異変やそれらしい記事が見つからなくても、すっかり安心はできない。とにかく重大な過失を犯したかもしれないという不安がぬぐい去れないのだ。

こうした考えにとらわれるようになったのは、彼が健康器具を勧める仕事をしてからであった。クレームの電話がよくかかってきたが、上司から言われるままに、適当にごまかしていたのである。結局、その仕事は辞めたが、今も、自分の説明不足のために、何か事故が起きているのではないかという不安に駆られるという。

だが、さらに彼の気持ちを探っていくと、別の事実が浮かび上がってくる。彼はある女性と交際していたのだが、その頃、ちょうど彼女が妊娠してしまったのだ。結婚する決心はつかず、女性が生みたいと言ったらどうしようとか、内心びくびくしていたが、女性の方が堕胎すると言ってくれたので、ほっとしたという。彼の中では、強引な勧誘で健康器具を売ることへの心理的な抵抗と、女性が子どもを堕胎することを、ひそかに喜んだことへの罪悪感が、重なったのである。

このケースのように、本人に幾つかの心理的プレッシャーや不安を高める要因が重乗して、発症に至っていることも少なくない。


強迫行為は安全のための防衛
 明らかに不合理だとわっていることを、なぜ、しないではいられなくなってしまうのだろうか。強迫行動は、元来、安全の確保と深く結びついているとされる。たとえば、動物の場合、強迫行動は身を守るために、正常で必要な行動である。犬を散歩につれていった場合を考えていただけたらよい。賢い犬は、自分の決まった道順に従って、自分がこすりつけた匂いの場所を確認していく。猛獣や鳥でも、同じように確認を繰り返す行動が見られる。確認を繰り返すことは、安全のために必要不可欠であり、確認を怠ることは、直接生命の危険があるのだ。

ある意味で、人間だけが、ひどく呑気に安全を信じていられるのだ。ところが、恐怖感や不安を高める何らかの体験によって、危険を認識する脳の部位(その代表は、眼窩前頭皮質とよばれる目の奥に位置する領域)が過度に興奮した状態になると、過度に安全を確かめないといられなくなるのである。強迫行為は、安全を脅かされることに対する心の防衛なのである。
 
 だが、しばしば強迫行動には、もう一つの意味がひそんでいる。それは、罪悪感の償いである。先のケースでもみられたように、強迫行為や強迫観念の根底には、罪を犯したと感じている良心の疼きと、それを贖罪しようとする象徴的な行動がしはしば読み取れる。自分では、忘れてしまっている行いに対する秘められた罪責観や引け目が、そうした不可解な行動を生み出しているのだ。次のエピソードは、その好例だと言える。


借りてもない物を返す青年

精神分析学者の岸田秀さんは、青年の頃、奇妙な癖に悩まされたという。その癖とは、借りてもいないものを返したくなるというものであった。借りてもいない傘を、これ、ありがとうございました、と言って返そうとしたり、これ、借りていましたねと言って、借りてもいない五千円を相手に渡そうとする。怪訝そうにする相手に、無理矢理押しつけてでも、とにかく返そうとする。

岸田さんは、自分でもどうしてかわからないのだが、そうしないではいられなかったのだという。ところが、ある日、岸田さんは、フロイトの全集を読んでいて、自分と極めて似たケースに出会ったのである。
 
 それは「鼠男」とよばれるケースで、ある将校がやはり借りてもいない金を返すという強迫観念に悩まされていたのである。だが、「鼠男」のケースにおけるフロイトの解釈は、岸田さんにはそのまま当てはまりそうもなく、腑に落ちなかったようだ。その辺りの謎を解明したいという思いが、岸田さんを精神分析への興味を深めていった。そして、長い自己分析の後、岸田さんは自分をとらえていた不可解な衝動の正体を理解するようになる。

  岸田青年を奇妙な強迫行為に駆り立てていた原因は、彼と彼の母親との関係にあった。実は、彼は貰われ子としてその家の養子となっていた。つまり彼は養父母に育てられたのである。しかし、血はつながっていなくても、母親は彼にとって理想的な母親に思えるほど、大切に育ててくれた。母親は苦労して映画館を経営していたが、それを彼に継いでほしいと望んでいた。そして、母親は彼が幼い頃から、この映画館を維持してくるのに、どれほど苦労したか、それを息子に継がせたい一心で頑張っていることを、切々と聞かせ続けたという。その話を聞く度に、幼心に、大きくなったら母親の恩に報いねばと思っていたという。

 ところが中学生になった頃から、岸田さんは映画館を継ぎたくないと思い、それを口にするようになった。それに対して、ますます母親は、そうした苦労話を繰り返すようになったが、岸田さんは一層それに反発するようになった。しかし、その一方で、恩のある母親の願いを拒むことに居心地の悪い思いも感じていた。借りてもいない金を返さなければという強迫観念に囚われ始めたのは、実に、この頃からだったのである。恩を返さなければならないという思いと、それを踏みにじる行動をしているという罪悪感が、岸田青年の強迫行動の根底にあったのである。


 
 【データ】
 生涯に強迫性障害にかかる人の割合は2〜3%とされ、頻度の高いものである。成人では男女差はないが、青年では男子の方が多い。つまり、男性の方が早く始まり、女性の方が遅れてかかることが多い。強迫性障害の人はうつ病や社会恐怖になりやすく、強迫性障害の三分の二の人が、大うつ病にかかり、四分の一の人が社会恐怖になるといわれている。

 【症状の類似する疾患】
 強迫的に繰り返される行動がみられる他の疾患として、トゥレット障害、常同行動障害、抜毛癖、強迫性パーソナリティ障害、広汎性発達障害、統合失調症などがある。強迫性パーソナリティ障害は、決まったやり方へのこだわりや潔癖さを特徴とするが、強迫性障害のように、日常生活を明らかに妨げる強迫行為や強迫観念をもたないものである。強迫観念のように、一つの固定化した考えへのとらわれがみられるものとして、大うつ病(過去の失敗を悔やみ続けたり、破産や破滅の考えにとらわれることがある)、心気症、身体醜形障害、統合失調症などがある。(各疾患の項を参照)

 【対応と治療のポイント】
 強迫行動を無理に止めようとすることは、パニックやほかの症状を引き起こすことがある。本人のルールをある程度尊重することが原則である。家族や他のメンバーの活動に支障となる場合は、本人と話し合い、ある程度妥協をはかりながら、一定の決まりをつくる。
 
 治療によって改善が得られて来るにつれ、少しずつレベルを上げたルールを取り決め直す。こうした生活療法は、あとに述べる行動療法を補助するものとして重要である。

 治療法としては、薬物療法と行動療法が挙げられる。

  薬物療法では、およそ三分の二のケースで、クロミプラミン(商品名、アナフラニール)とSSRIが有効である。強迫症状の改善のためには、一般に比較的高い用量の投与が必要になる。少量から開始して、徐々に投与量を増やしていく。効果が十分でない場合は、二種類を併用したり、非定型抗精神病薬などを併用した増強療法を行う。

 行動療法では、強迫行動を自分で抑制する訓練(暴露反応妨害法という)を、難易度の低いものから行い、徐々にレベルを上げていく。その場合、本人に起こる葛藤を受け留め、励まし、賞賛を与えることで乗り越えていく。外来で行う場合、家族の協力や関わりが重要である。無理強いしたり、叱ったり、嘆いたりという感情的な反応に陥らずに、根気よく支え続けることが成否を左右する。洗浄脅迫や確認強迫といった単一の症状だけの場合は、行動療法だけでも改善しやすい。しかし、病像が複雑な場合や重度の場合には、薬物療法との併用が必要であることが多い。


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