▼不安、動悸、過呼吸
1パニック障害

  コントロールできない不安

 名匠デヴィド・リーンの事実上最期の監督作品となった『インドへの道』は、イギリスの作家E・M・フォスターの傑作を映画化したものだが、巨大な洞窟にある遺跡を見学していたイギリス人女性が半狂乱になり、絶叫しながら真っ暗な洞窟から外へかけだしていく印象的なシーンから始まる。イギリス人女性の身に起きた異変は、インド人の男性が性的暴行を行ったためではないかという疑惑を呼び、当時、インドはイギリスの植民地だったこともあって、政治的な大問題に発展する。だが、結局、何も起きていなかったという真相が明らかになる。女性はパニック発作を起こしただけなのだ。当時はパニック障害などというものを知る人もなかったため、誤解が広がったのである。

 今では、パニック障害は、多くの人に馴染みのあるものとなってしまった。日本には、パニック障害に悩む人が百万人以上いると言われている。アメリカでは、もっと多くの患者がいると言われ、先進国ほど多く見られる疾患の一つである。

 最近、田中美里さん、円広志さん、長島一茂さんといった有名タレントが、自身のパニック障害体験を告白し、多くの共感を呼んだ。うつ病とともに、パニック障害は現代人病と言えるほど、現代人の誰もがなりうるものなのである。長島一茂さんのような頑健な肉体をもつ元スポーツ選手までもが、この障害を免れないということに、意外な驚きとともに勇気を与えられた人も多かったはずだ。 実際、パニック障害は、日々体を鍛え、体力に自信のある人にも案外多いのである。

 剣道で鍛えたM青年は、朝に夕に竹刀を振って練習に励み、肉体的にも精神的にも充実していると感じていた。ところが、ある夜、眠ろうと布団に入ったときだった。突然、動悸に襲われたのだ。すぐに止むと思ったが、異様に長く続く。そのうち息が苦しくなって、体がしびれて、今にも心臓が止まって、このまま死ぬのではないかという恐怖に囚われた。冷や汗が噴き出し、耳鳴りがして、周囲の世界が遠ざかっていくように感じられた。今まで一度も味わったことのない、コントロールできない恐怖であった。発作は十分程で収まったが、そのわずか十分の経験は、M青年の人生観を変えてしまうほどの衝撃だった。以来、布団に横になるのさえ、ひどく怖くなった。だが、布団に入ることは避けては通れない。毎日が不安と恐怖との葛藤になる。追い打ちをかけるように、布団以外の場所でも、発作に襲われるようになった。もう何をしていても、不安から自由ではなくなった。M青年は自分の肉体や精神力にも自信を持っていただけに、ショックが大きかった。自分が築き上げてきたものが、一遍に無力となってしまったのである。

 パニック発作の恐怖の本質は、自分にコントロールできないということである。コントロール不能であるがゆえに、恐怖と不安に圧倒されてしまう。そして、一度、圧倒された経験をしてしまうと、それまで培ってきた自信や安心感が、根底から打ち砕かれてしまうのである。


 
  予期不安と狭まる生活

パニック発作を経験した人は、M青年のように、いつ襲ってくるかもしれない不安の影に怯えるようになる。不安を不安がるようになるのである。それを「予期不安」という。当たり前だった日常の行為が、綱渡りのような、危ういものとなる。生活の確かな土台が失われてしまったと感じる。活動は、次第に消極的なものとなりやすい。発作に結びつけられる行為や状況や場所を避けるようになる。たとえば、閉じられた場所で過呼吸発作を起こした人では、窓を閉め切った場所でさえ窒息感を感じる。

 パニック障害と合併してみられやすいのは、「広場恐怖」と呼ばれるものである。広場恐怖とは、途中で脱出不能の状況を恐れるものである。もっとも多いのは、電車に乗れなくなることである。同じ電車でも、各駅停車であれば乗れるが、長い区間を停車しない特急や急行には乗れないという場合もある。下道の運転なら平気だが、高速道路は怖くて走れないということも多い。雑踏の中や行列に並ぶこと、美容院や歯医者さん、橋を渡ることさえ、途中で脱出できない恐怖を感じさせる場合もある。広場恐怖があると、交通機関を利用することや混雑した場所にいくことに抵抗を覚えるようになる。次第に外出が億劫になり、まったく外出できなくなることも稀でない。

 広場恐怖とパニック障害は合併する場合も多いが、どちらか一方という場合もある。 パニック障害が急増している背景として、現代人が快適すぎる環境に慣れていることが大いに関係しているように思える。たとえば、パニック障害の最初の発作が混雑した電車でよく見られることも、エアコンの効いた生活が当たり前になり、高温多湿の環境に対する耐性が低下していることと無縁ではない。自律神経による調節機能が衰えれば、すこしでも不快な環境におかれると、順応限界を突破して、パニックを生じやすくなると考えられる。

 パニック障害は離婚や離別、転居、転職、環境の変化のような不安を高めるライフ・イベントに続いて発症しやすい。子どもでは、一見些細な環境の変化や愛情不足が引き金になっていることが少なくない。

 ときにパニック障害は、自分への関心や愛情を求めようとする身体化症状として出現することがある。境界性パーソナリティ障害や演技性パーソナリティ障害でしばしばみられる過呼吸発作は、こうした意味合いをもっていることが多い。

 また、パニック障害が、身体表現性障害と同じように、結果的に、現実的な不安や困難から回避する口実となっていることもある。『草の花』や『死の島』などの作品で知られる、作家福永武彦は、その作品にも不安感が漲っているが、彼自身、「心臓神経症」と診断されたこともあり、不安発作に悩まされた経験をもっていた。福永の「心臓神経症」の発作は、太平洋戦争の戦況が悪化し、いつ徴兵にとられてもおかしくないという状況で起きた。結果的に、彼は「心臓神経症」の診断により徴兵を免れたのである。それを彼の繊細な感性ゆえのことと見ることもできれば、「疾病利得」を得るための「身体化」と冷徹に見ることもできる。

【データ】
 一生の間にパニック障害になる人の割合は、およそ1.5〜3%、パニック発作を起こす割合は、およそ約3〜5%とされる。近年、有病率は上昇する傾向にある。女性は男性の二倍から三倍多い。パニック障害の人の四分の三には広場恐怖があり、広場恐怖の人の半分にはパニック障害を伴うが、残りの半分にはパニック障害はなく広場恐怖だけを示す。広場恐怖はパニック障害より1.5倍ほど多い。

【症状の類似する疾患】
 急激な呼吸困難や過呼吸、頻脈、発汗、ときに意識障害などをきたす身体的な疾患や薬物の影響を見分ける必要がある。紛らわしい原因としては、貧血や心臓病などの心臓血管系の病気、喘息や肺塞栓症などの呼吸器系の病気、脳血管障害、てんかんなどの神経系の病気、甲状腺や副腎などの内分泌系の病気、覚醒剤やコカインなどの薬物の影響、アルコールや依存性の薬物の離脱症状などがあげられる。ことに最初の発作においては、血圧、心電図、脳波、血液検査、レントゲン、MRIなどで身体的な疾患の可能性を否定する必要がある。

【対応と治療のポイント】
 パニック発作に対して、もっとも大切なことは慌てないことである。余分な衣類をとり、涼しく楽な格好にする。しっかり片腕をつかんで、「大丈夫」「ゆっくり息をして」「どうもならないから」と繰り返し声をかける。過呼吸を伴っている場合は、紙袋を口に当て、ゆっくり呼吸させる。通常、数分で発作は収まっていく。

 何度か繰り返している場合は、本人にできるだけ対処させるように訓練していく。

 発作や不安の背後にある気持ちに目を向け、話を交わしスキンシップをとる機会を増やす。ストレスや無理な負担がかかっている場合は、その軽減をはかる。

 パニック障害に対する有効な治療法として確立しているのは、薬物療法と認知・行動療法である。薬物療法では、抗うつ薬、SSRI、ベンゾジアゼピン系抗不安薬などが使われる。抗不安薬は依存を生じやすいので、SSRIなどが無効の場合のセカンド・チョイスとして、また、不安が特に高まった場合の頓服薬(応急的に服用する薬)として用いるのが原則である。薬物だけを漫然と服用していても、発作は確かに収まったが、生活は縮んだままということも多い。生活を広げるためには、治療者や周囲の者の適度な支えや勇気づけが必要になる。

 認知療法はその人の受け止め方を修正することで、反応や振る舞い方を変えていくものである。パニック障害の人の場合、考えが悪い方向にどんどん先走ってしまう傾向をもつ。そのため、体の些細な症状さえ過大に受け留め、それを発作や死の前兆とみなしてしまう。まず、パニック発作は時間がたてば自然に収まるものであり、命に別状はないことを繰り返し伝えた上で、どんなふうに感じどんなふうに反応したかを詳細にたどる中で、認知の歪みを修正していく。行動療法では、自律訓練法や呼吸訓練、苦手な場面に段階的に向かい合わせる暴露療法が行われる。

 森田療法は、「あるがまま」に受け容れようとする認知行動療法的アプローチと集団精神療法、作業療法などをミックスしたものである。


2.全般性不安障害

【ケース】 すべてが不安です
 深刻そうに青ざめて、うつむきがちの二十一歳の青年は、少しおどおどしながら自分の窮状を話し始めた。不眠と胸の動悸、疲れやすさを訴えて、医療機関の外来を受診したのだが、緊張のためか、診察の間も指先や体が小刻みに震えている。内科で診て貰ったが、異常がないと言われたという。とにかく不安で堪らないという。悪い可能性ばかりを考えてしまう。すべてが不安だという。

 青年は元来気が弱く、内気な性格だった。だが、友人は多くはないが、二、三人いて、学校時代はさほど問題なかった。高校を卒業して、メーカーに就職し工場勤務となったが、上司が怒鳴るような口調で叱責する人で、いつもびくびくしていた。就職した年の秋頃から、よく下痢をしたり頭痛がするようになって、会社を休みがちになった。会社に出ても、吐き気がしたり、めまいがして、結局途中で帰ってしまった。やっさもっさの末、結局、一年で会社を辞めて、それから家業の商売の手伝いをするようになった。

 それで不安は収まるかと思ったが、相変わらず、何をしていても落ち着かない。電話で応対したり、客と接っしたりするときもひどく緊張してドキドキし、手のひらや脇の下にぐっしょり汗をかく。夜眠っていても心臓の鼓動が気になり、リズムが乱れて止まってしまうような恐怖に襲われる。布団の重さも気になる。夜中にはっと飛び起きると、心臓が殴られたパンチボールのよう荒々しく脈打っている。すぐに収まるが、眠るのも不安であるという状況だった。


 このケースのように、不安症状が特定の場面や状況に限らず、生活全般に及んでいる場合、「全般性不安障害(GAD)」という診断名が使われる。全般性不安障害は、生活歴をたどっていくと、元来神経質で、不安の強い傾向をもっていた人が、環境の変化や強いストレスにさらされて発症していることが多い。最初は、適応障害であったものが、ストレス要因がなくなった後も、不安に対して閾値の低い、過敏な状況が続き、慢性化しているケースが多い。パニック障害ほど症状自体が激しくないため、いわゆる「神経質」な性格だと放置され、受診するのも、かなり生活に支障が出て、うつ状態を伴うようになってからということになりがちである。そのため、「うつ状態」という診断を下されていることもある。
 青年のケースでは、受験勉強のストレスが引き金になることもある。また、虐待やいじめを受けた子どもや強圧的な親に育てられた子にも、全般性不安障害が少なくない。 このケースの青年の場合も、父親が職人気質の人で、小さい頃から気に入らないことがあると、怒鳴られたり、手を振り上げられたことがよくあったという。仕事に行けなくなったときも、かなりこっぴどく責められたらしい。今でも、父親といっしょにいるだけで、緊張するという。


 青年森田正馬と神経症の克服

 森田療法で有名な森田正馬は、自身神経症(現在の用語では、不安性障害と身体表現性障害を足し合わせたものに相当する)で悩んだ経験があった。森田の症状は、夜寝ようとすると動悸に襲われたり、人前で話をしようとすると、ひどく緊張して、顔が赤くなったり、体が震えそうになってしまうというものだった。「神経質」という言葉は、こうした症状に森田が名付けたものである。今日の概念でいえば、不安性障害、中でも全般性不安障害にもっとも近いだろう。森田は、どうすれば「神経質」の症状を克服できるか、あれこれと試みた末、不安を治そうとはせず、あるがままに受けいれるという独自の境地に基づく克服方法を見出していくのである。

 森田は神経症を現実からの逃避だとして、現実から逃げようとする限り神経症はよくならないと強調した。それは、森田自身の経験に基づいた信念でもあった。彼が持病の神経症を克服したのは、大学時代仕送りも止められ、薬も買えなくなり、自殺も考える状況で、どうせ死ぬならと死にものぐるいに勉学に励むうちに、症状のことなど忘れていたことによる。気がついたらよくなっていたのである。

 森田の元患者の男性がこんなエピソードを語っている。その男性は、神経症で生活にも支障を来し、方々の医者を転々としたがちっともよくならない。大学受験を控えていたが、受験どころではないと、半ば諦めていた。そして、森田のところを訪ねたのである。すると、森田は、「大学受験はどうするつもりか?」と訊ねた。その男性は、勉強もしていないし、受けてもどうせ落ちるので、まずは病気を治して、健康を取り戻してから受験したいと答えた。すると、森田は、今年、大学を受けるようにと言い、受けなければ治療を断ると語気を強めたという。そのとき、男性はなんてひどい医者だと思ったそうだが、その後、森田の言った言葉の意味がわかるようになったという。

 つまり、神経症は、「これを病気として治療してもけっして治らないが、ただこれを普通の健康者としてとりあつかえば容易に治るものである」と森田自身が述べているように、神経症だからといって、本来やるべきことから逃れさせてしまえば、結局、症状によって、現実から逃れようとする神経症の悪しきメカニズムに手を貸してしまうことになるのである。それは、逆に病気からの回復を遅らせ、困難にしてしまう。

 この言葉は、多くの治療者にとって耳の痛いものだと言える。近年、薬物治療の発達によって、不安にしろ、不眠にしろ、抑うつにしろ、症状を緩和すること自体は容易になった。だが、それは根治療法ではなく、あくまで対症療法である。それを「病気」だとして、薬を投与することは、逆に言えば、薬なしでは自分をコントロールできない固定化した「病人」を作り出してしまう危険もある。病人でいたいという現実逃避願望を手助けし、回復を阻害してしまいかねないのである。そのことを医者も患者も、心に留めておかねばならない。

 ただし、このことは、不安性障害や身体表現性障害の神経症の治療には当てはまるが、精神病には当てはまらない。あとで述べるように、統合失調症や躁うつ病などでは自分の力を過信し薬を止めてしまうことが、失敗の最大の原因となる。この点を混同しないことが重要である。


【データ】
 全般性不安障害の有病率は三〜八%と、よくみられるものである。女性の方に二倍程度多い。抑うつ性障害や他の不安性障害を伴うケースが多い。精神科を訪れるのは一部で、多くはさまざまな不定愁訴を訴えて内科などにかかっている。

【症状の類似する疾患】
 不安に伴う身体症状を引き起こす可能性のある疾患や薬物の影響を除外する必要がある。(パニック障害の項参照)

【対応と治療のポイント】
 本人の苦しさ、心配に共感した上で、大丈夫だよと安心させることが、接する上での基本である。軽くあしらったり、笑ったりする態度は、本人の不安や不信感を強める。苦しい気持ちを受け留めた上で、その苦しみから逃れるためには、逃げていたのではダメで、それに打ち克つしかないのだと教える。いつも見守っているから、負けないでと支える。

 治療としては、精神療法と薬物療法が主なものである。精神療法では共感と支えを与えつつ、不安がどこから由来しているかについて、さまざまな葛藤やそれに対する向かい合い方を言語化していく。こうしたプロセスで不安は軽減していく。認知療法では、すべてを不安に結びつける物事の受け止め方の修正をめざす。行動療法では、不安にともなう身体的な変化をコントロールする訓練を行う。


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